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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和30年(ナ)3号 判決

原告 鶴丸栄蔵

被告 鹿児島県選挙管理委員会

主文

昭和三十年四月三十日に行われた鹿児島県肝属郡根占町議会議員一般選挙における当選の効力に関する原告の訴願に対し、被告が同年八月八日附を以てなした裁決を取消す。

右選挙における鶴園肇の当選を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、昭和三十年四月三十日に行われた鹿児島県肝属郡根占町議会議員一般選挙において、開票の結果、候補者中訴外鶴園肇が最下位の当選者、原告が次点者と決定された。原告は右当選の効力に関し、昭和三十年五月十四日根占町選挙管理委員会に異議の申立をなしたが、同委員会は同年六月二日附を以て右申立を棄却したので、原告は同月九日被告に訴願を提起したところ、被告は同年八月八日附を以て右訴願を棄却する旨の裁決をなし、その裁決書は当時原告に交付された。

しかし、右裁決は次の如き理由によつて違法である。すなわち、右選挙においては、開票の結果、訴外鶴園肇及び原告の各得票は、いずれも百八十七票の同点となつたが、当初無効投票と決定した「ツルン」又は「シルン」とある一票を有効投票として右訴外者の得票に加え、右訴外者の得票を百八十八票として最下位の当選者、原告を次点者と決定したものである。しかし、同じく無効投票とされたもののうち、「ツマ」と記載した一票があつて、これは原告の居住地方の方言として、原告の姓鶴丸(ツルマル)を略して「ツーマイ」と呼ぶ習わしがあるので、右「ツーマイ」のうち「ー」と「イ」とを脱落したものであることは明らかであるから、原告に対する有効投票中に算入すべきで、右訴外者に対する有効投票とされた「ツルン」又は「シルン」と対比しなんらの径庭もなく、一を有効とすれば他を有効とするのが衡平の観念に合致する所以である。右「ツマ」の一票を加え原告の得票は百八十八票となるに反し、右「ツルン」又は「シルン」の一票は筆の選び方から考えると「シルン」と読むべきことは明らかであるから、右訴外者に対する有効投票とはいえない。その外右訴外者に対する有効投票中「ツルソノツルマル」の如く記載したもの及び「ツルソノ」の如く記載したもの各一票があり、これらはいずれも他事記載として無効とすべきものである。従つて、右訴外者の得票は、無効とすべき右三票を控除すれば百八十五票となるから、原告を最下位の当選者、右訴外者を次点者とするのが正当である。と述べ、被告の主張に対し、原告の得票中「」の如く記載した一票の存することは認めるが、右は原告を指示したものとして有効で、被告主張の如く右訴外者に対する有効投票中に算入すべきものではない。と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、原告主張の選挙において、開票の結果、訴外鶴園肇が百八十八票を得て最下位の当選者、原告が百八十七票を得て次点者と決定されたこと、原告からその主張の日主張の如き異議申立に次いで訴願の提起があつて、その主張の如き裁決がなされ、当時その裁決書が原告に交付されたこと、右選挙において無効と決定された投票中「ツマ」の如く記載したもの一票、訴外鶴園肇の得票中「ツルン」「ツルソノツルマル」「ツルソノ」の如く記載したもの各一票があることは、これを認める。しかし、右「ツマ」の一票について、原告の居住地方で、原告の姓鶴丸を「ツーマイ」と呼ぶ習慣があるとの事実は、これを否認する。仮りに、かような習慣があるとしても、「ツマ」の記載を直ちに「ツーマイ」を意味するものとして有効投票となすのは余りにも推定に飛躍があつて不合理である。のみならず、右「ツマ」の「ツ」は「シ」とも読めるような拙劣な書き方であり、若し投票者が「シ」と書こうとしたものとすれば、候補者中田島姓の者があるので、「タシマ」の「タ」を脱落したものとも推定され、なお「ツ」と読むにしても、候補者中黒葛原真敏(ツツラバラマトシ)なる者があるので、その姓の一字と名の一字を記載したものとも解し得ないことはないのであつて、結局、右「ツマ」の如く記載した一票は、何人を記載したかを確認し難いものとして無効というの外はない。従つて、これを原告の得票中に算入すべしとする原告の主張は理由がない。又、訴外鶴園肇の得票中、原告のいわゆる「シルン」は「ツルン」と読むべきで、この一票は、鹿児島地方で鶴園(ツルゾノ)を(ツルゾン)と詰め訛つて呼ぶ習慣があつて、そのうち「ゾ」の一字を脱落したものであるから、右訴外者を意図して書いたものでもとより有効である。次に、「ツルソノツルマル」「ツルソノ」の各一票は、いずれも、その投票者が候補者鶴園肇を指示せる意図が明瞭であるから、これを無効とすべき理由はない。原告の得票中「」の如く記載された一票は、むしろ、右訴外者の得票中に算入すべきものである。従つて、右訴外者の得票は百八十九票となるに反し、原告の得票は百八十六票となり、右訴外者を当選者とすべきことは明らかであるから、原告の本訴請求は失当である。と述べた。(証拠省略)

理由

昭和三十年四月三十日に行われた鹿児島県肝属郡根占町議会議員一般選挙において、開票の結果、候補者中訴外鶴園肇が得票数百八十八票で最下位の当選者、原告が得票数百八十七票で次点者と決定されたこと、原告は右当選の効力に関し昭和三十年五月十四日根占町選挙管理委員会に異議の申立をなしたところ、同委員会は同年六月二日附を以て右申立を棄却したので、同月九日更に被告に訴願を提起したが、被告は同年八月八日附を以て右訴願を棄却する旨の裁決をなし、その裁決書は当時原告に交付されたこと、右選挙において開票の結果無効投票とされたもののうち、「ツマ」又は「シマ」と読むべき一票があり、訴外鶴園肇に対する有効投票と決定されたもののうち、「ツルン」又は「シルン」、「ツルソノツルマル」、「ツルソノ」の如く記載したもの各一票、原告に対する有効投票と決定されたもののうち、「」の如く記載したもの一票があつたことは当事者間に争いがない。

以下順を追つて、右各投票の効力について検討する。

(一)、右無効とされた「ツマ」又は「シマ」と読むべき投票の二字のうち、下の一字が「マ」であることは当事者間に争いがなく、検証(第一回)の結果によると、上の一字は「い」の如く上から稍々右斜下に向つて点を横に並べて打ち、その下に右上から左斜下に向つて「ノ」の如く線を引いたことが看取できるから、「シ」ではなく「ツ」と読むべきであり、従つて、右二字は「ツマ」と記載したものであることを認めることができる。しかして、証人東清志、中原茂雄、鶴田六郎、鶴田清文、相場清盛、津崎清香(一部)、中間吉次(一部)の各証言並びに原告本人訊問の結果を綜合すると、原告の居町に鶴丸という地名があつて、土地の人はその地名を方言で「ツンマイ」と呼称して居り、原告の姓鶴丸もこれと同じく、高齢の者は通常「ツンマイ」と呼んでいて、このことは地方的に一般に知られていることを認めることができる。右認定に反する証人池端清亮、津崎清香(一部)、中間吉次(一部)の証言は措信し難く、他に右認定の妨げとなる証拠はない。ところで、右検証の結果によると、右「ツマ」の文字は、入念ではあるが極めて拙劣で、候補者氏名欄の左側欄外に、用紙を横にして書いてあり、一見して文字をよく解しない老齢者によつて記載せられたことが明らかで、前認定の原告に対する呼び名とを合せ考えると、投票者は、「ツンマイ」と表示しようとして、右のうち「ン」と「イ」とを表示できず、「ツマ」と記載したものであることを推認するに難くないのである。尤も、証人平瀬戸肇の証言によると、右選挙における候補者中黒葛原真敏(ツツラバラマトシ)なる者があるので、右「ツマ」は同人の姓と名の各頭文字を書いたのではないかとの一応の疑いを挾む余地なしとしないけれども、かような記載は稀有の事例に属するので、特別の事情の認められない本件においては、右記載を以て右黒葛原を指示したものとは解することができないのである。又爾余の候補者中これに近似する姓名の者は見当らない。

かように、特定候補者について、地方的に一般化された特別な呼び名があつて、特定の投票が、不完全ではあるが、その呼び名を表示したものと認められ、他の候補者と混同する恐れのない場合には、その特定候補者に投票する意思が明らかであるから、これを以て、その特定候補者に対する有効投票と認めるのが相当である。従つて、右「ツマ」の一票は、原告に対する有効投票として、その得票中に算入すべきである。

(二)、訴外鶴園肇に対する有効投票中、(イ)、「ツルン」又は「シルン」とある一票は、検証(第一回)の結果によると、その文字の構成から見て「ツルン」と読むべきで、証人東清志の証言によれば、鹿児島県特に根占町地方において、右鶴園を俗に「ツルノソン」又は「ツルゾン」と呼称する習わしがあることが認められるので、右に近似した姓の候補者のない本件においては、右「ツルン」は、「ツルゾン」の「ゾ」の一字を脱落したものとして、(ロ)、「ツルソノ」の一票は、検証(第二回)の結果によると、その筆跡から見て、投票者が投票をなすにあたり、当初「ツルソン」と記載したが、右「ン」を抹消して「ノ」と書改めたものであることが認められ、右「」を他事記載ということはできないので、いずれも、これを訴外鶴園肇に対する有効投票と認むべきは当然である。次に、(ハ)、「ツルソノツルマル」の如く記載した一票は、検証(第一回)の結果によると、その筆跡から見て、投票者が投票をなすにあたり、一旦「ツルマル」と記載した後、「=」を以てこれを抹消し、「ツルソノ」(「ソ」は「」とあつて稍々不明瞭ではあるが、前後の関係と照らし合せると「ソ」と読むのが相当である。)と読き改めたことが認められるから、投票者は、当初「ツルマル」に投票する意思であつたが、書き終つてから意を飜して「ツルソノ」と記載したのか、或は当初から「ツルソノ」に投票する意思ではあつたが、「ツルマル」と誤記したため書き改めたのか、その間の事情は判明しないにしても、そのいずれにもせよ、一旦記載した氏名を抹消して、他の氏名に書き改めたときは、特段の事情の認められない限り、終局的には、その書き改めた候補者に投票する意思であつたと認むべきは事理の当然であるから、かような投票を二人以上の候補者の氏名を記載したもの若しくは他事を記載したものとして無効とすべき理由はない。従つて、右投票が訴外鶴園肇に対する投票として有効であることは多言を要しないところである。

(三)、原告に対する有効投票中「」の一票について、検証(第二回)の結果によると、右のうち、上の二字が「つる」で、下の二字が「いそ」であることは明らかで、中間の「」はそれだけでは判読に苦しむところであるにしても、右運筆の状況に、上二字の「つる」と下二字の「いそ」とを併せ考えると、右は「つるまるへいそ」と記載したものと見るべく、原告に投票する意思が看取できるから、これを原告に対する有効投票と認むるのが相当である。

以上認定のとおり、訴外鶴園肇に対する有効投票は、選挙会の決定と同じく百八十八票であるが、原告に対する有効投票は、前示「ツマ」の一票を加え百八十八票となり、両者の得票数は同じであるから、法定の方法により右両名のうちから最下位の当選者一名を定むべきであり、従つて、原告の得票を百八十七票であるとして、訴外鶴園肇を当選者、原告を次点者とした選挙会の決定は無効というべく、これを維持して原告の訴願を棄却した被告の裁決は違法たるを免れない。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下辰夫 二見虎雄 長友文士)

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